
はじめに
インドネシアは近年(コロナ禍を除けば、10年以上にわたり)、実質経済成長率5%台の安定した経済成長を遂げている。これは世界的に見れば堅調な数字だが、日本が高度経済成長期(1950〜1973年)に記録した年率10%前後の成長と比べると、ペースは半分以下だ。この違いはどこから生まれるのか? そして、今のインドネシアは「明日は今日より良くなる」と確信を持てているのか?
ここでは、2025年2月に発表されたKata Dataによるレポート「経済不確実性の中のインドネシアの中流階級」をベースに、比較してみたい。
1. 経済成長の構造の違い
日本:輸出主導の工業化が成長を牽引
1950年代の日本は、第二次世界大戦後の復興を経て、急速な工業化に向かった。政府は重化学工業の育成に力を入れ、自動車、鉄鋼、造船、家電などの製造業が国際競争力を持つまでに成長した。
また、日本の成長は輸出主導型だった。例えば、1960年代にはトヨタや日立といった企業が海外市場を開拓し、日本製品の品質と低価格を武器に世界市場を席巻。これにより、国内の生産・雇用が急拡大し、中間層の台頭を後押しした。
インドネシア:内需依存・資源主導の成長
一方、インドネシアは資源依存度が高い経済構造を持つ。石炭、パーム油、天然ガスなどの資源輸出がGDPの重要な部分を占めているが、これは日本の製造業主体の成長とは根本的に異なる。
また、インドネシアの成長は内需主導型であり、家計消費がGDPの55%を占める。しかし、国内市場が拡大しても、製造業の発展が遅く、輸出競争力が弱いため、持続的な成長エンジンとしての力はまだ不足している。

2. 雇用の安定性と中間層の拡大
日本:終身雇用と所得倍増計画で中間層が爆発的に増加
高度経済成長期の日本では、終身雇用制度と年功序列の賃金体系が広まり、安定した雇用が確保された。企業は従業員の住宅や教育も支援し、社会全体で中間層の拡大を後押しした。
また、1960年に発表された「所得倍増計画」は、10年間で国民所得を2倍にすることを目標としたが、実際にはわずか7年で達成された。この政策により、一般家庭でも自動車や家電を購入できる時代が到来し、豊かさを実感できる社会になった。
インドネシア:雇用の不安定化と副業依存
インドネシアの雇用は、日本のような安定性を持たない。近年、契約社員やフリーランスが増加し、副業をしなければ生活が成り立たない中間層が増えている。実際、46.2%のインドネシア中間層が副業を持ち、92.7%が今後も続ける意向を示している。
これは、正規雇用の賃金だけでは生活が苦しく、可処分所得が増えにくいことを意味する。結果として、日本の高度成長期のように「働けば豊かになる」という確信を持ちにくい社会が形成されつつある。
3. 住宅・社会インフラの整備
日本:持ち家政策と都市開発の成功
日本では、政府が住宅金融公庫を通じて低利融資を提供し、サラリーマンでも持ち家を購入できる仕組みを整えた。また、高速道路や新幹線の整備が進み、地方都市でも経済発展が促された。
この結果、多くの家庭が「一戸建てを持つ」という夢を実現し、資産形成につながった。
インドネシア:住宅価格の高騰と都市インフラの未整備
一方、インドネシアでは都市部の不動産価格が高騰し、中間層の住宅取得が困難になっている。現在、43.4%が親と同居し、24.6%が賃貸という状況で、自宅を持てる人はわずか32%しかいない。
また、ジャカルタなどの都市部では慢性的な交通渋滞や公共交通の未整備が問題となり、通勤時間が長く生産性を阻害している。これでは、日本の高度経済成長期のように「都市開発が生活向上につながる」という実感を得るのは難しい。

4. 教育とスキルアップの違い
日本:教育投資が労働力の質を向上
日本は1960年代から義務教育の拡充と大学進学率の向上を進め、労働力の質を高めた。これにより、製造業の高度化が進み、企業の競争力が向上した。
また、技術立国を目指し、政府と民間が連携してエンジニア教育や研究開発に投資したことも、長期的な経済成長の礎となった。
インドネシア:教育格差とスキル不足
インドネシアでは、公立学校と私立学校の教育格差が大きく、地方では質の高い教育を受ける機会が限られている。また、技術教育への投資が不足しており、高度なスキルを持つ労働力が不足している。
このため、日本のように「教育が経済成長を後押しする」という構造がまだ確立されていない。

結論:インドネシアは「明日は今日より良くなる」と言えるのか?
結論として、日本の高度経済成長期とインドネシアの現在を比較すると、以下の点で大きな違いがある。
経済成長の質
日本:輸出主導型の工業化
インドネシア:資源依存・内需主導で成長速度が遅い
中間層の拡大スピード
日本:安定雇用+所得倍増で急拡大
インドネシア:副業なしでは生活が厳しく、貯蓄が増えにくい
住宅・社会インフラ
日本:都市開発と持ち家政策が中間層を支えた
インドネシア:住宅価格の高騰と都市インフラの未整備
教育・スキル向上
日本:教育投資が経済成長を支えた
インドネシア:教育の質にばらつきがあり、スキル不足が課題
今のインドネシアが「明日は今日より良くなる」と確信を持つためには、成長の加速と中間層の安定化が不可欠だ。そのためには、日本が成功した「工業化」「雇用の安定」「教育投資」をいかに取り入れるかが鍵となるだろう。
さて、ここから学べることとして、我々としては、くれぐれもインドネシア経済が、かつての日本のように高度経済成長していると誤解し、拙速にインドネシア進出を決めることが無いよう、慎重に堅実に客観的な目でインドネシアを見ることが肝要だということではないだろうか。
注)インドネシアの中間層の定義は、個人の月間支出が Rp1.93 juta(約1.93百万ルピア)〜 Rp9.36 juta の範囲にある層を指すという世界銀行およびインドネシア統計局 (BPS) の定義に従った。
参考資料)"KELAS MENENGAH INDONESIA DI TENGAH KETIDAKPASTIAN EKONOMI", Kata Data, 2025