top of page

楽観視できないインドネシア ー 人口ボーナスの裏側で、なぜ若者は海外就労を目指すのか

  • 3月10日
  • 読了時間: 6分


インドネシアは「人口ボーナス期」にある。日本企業向けのセミナーや進出関連の資料では、この言葉がほとんど決まり文句のように使われる。若い人口が多く、生産年齢人口の比率が高く、内需の拡大が期待できる巨大市場。統計だけを見れば、確かに魅力的に映る。

しかし、その「ボーナス」は本当に企業にとってのボーナスなのだろうか。


人口ボーナスとは、単に若者が多い状態を指す言葉ではない。本来は、働く世代が十分に雇用され、生産活動に参加し、所得を得て消費できることで、経済成長が加速しやすい構造を意味する。逆に言えば、若者が多くても、彼らが働けず、十分な収入を得られなければ、その人口構造は成長エンジンではなく、不安定化要因になりうる。


近年のインドネシアでは、まさにその懸念が強まっている。完全失業率は一見すると5%前後で推移し、国際比較でも極端に高い数字ではない。貧困率も政府発表では低下している。こうした数字だけを見ると、「若い国」「伸びる国」という物語は維持される。


だが、現実はそれほど単純ではない。


まず問題なのは、若年層の失業率が全体平均よりかなり高いことである。さらに、失業率という数字の外側に、より深刻な実態がある。つまり、統計上は「就業」とされていても、実際には低賃金、短時間、不安定な仕事しか得られていない若者が大量に存在している。非正規雇用、インフォーマル就業、不完全就業、そして教育と産業需要のミスマッチ。こうした要素を合わせて見なければ、インドネシアの若年労働市場は理解できない。


「若い国」だからといって、自動的に消費市場が厚くなるわけではない。本来必要なのは、若者が働き、所得を得て、可処分所得を伴う消費者になることである。若者が多いことと、購買力を持つ中間層が厚いことは、全く別の話だ。人口ボーナスとは、あくまで条件付きの概念である。


この点を考えるうえで非常に示唆的なのが、近年目立っているインドネシアの若者の海外就労志向である。日本における技能実習生や特定技能人材として、インドネシア人が急速に増えていることは、その一つの表れだ。在日インドネシア人は2023年末の約14万9,000人から、2025年6月には23万人を超えた。しかも、その中心は若年層であり、近年は高卒層だけでなく、大卒人材まで日本での就労を目指す例が増えている。


この現象を単純に「日本のほうが給料が高いから」と理解するのは不十分だろう。もちろん賃金格差は大きな要因である。しかし、それだけではない。むしろ本質は、国内労働市場において、若者が安定した雇用と正当なキャリア形成の機会を見出しにくくなっていることにある。



松井和久氏が紹介しているように、インドネシアの若年労働市場では、高学歴化が進んでいるにもかかわらず、それに見合う仕事が十分に増えていない。いわゆる「学歴インフレ」の状態だ。以前なら高卒向けと見なされた仕事に大卒者が流れ込み、その結果として、大卒者自身も学歴に見合う職に就けずに滞留する。だが現在のインドネシアの問題は、それ以前に、そもそも供給される仕事自体が低スキルのサービス業や農業、短期契約の非正規雇用に偏っている点にある。


加えて、実質購買力の低下が労働市場をさらに歪めている。賃金の伸びが生活費の上昇に追いつかず、現役の労働者でさえ副業を持たざるを得ない状況が広がっている。すると、本来なら失業者や新卒者が得るはずの仕事を、追加所得を必要とする既存労働者が副業として埋めてしまう。つまり、労働市場では「初職を得たい若者」と「生活防衛のために副業を探す現役世代」が競合しているのである。


企業側の採用行動も、この問題を深刻化させている。インドネシアでは、日本のように新卒を採用して社内で育てる発想が一般的ではない。企業は教育コストを嫌い、即戦力となる経験者を、できれば短期契約で採りたいと考える。その結果、実務経験のない若者は、仕事に就く前に「経験不足」で排除される。インターン、短期契約、フリーランス的な仕事を転々としながらも、安定したキャリアに乗れない若者が増えていく。


その延長線上にあるのが、SNSで広がった「#kaburajadulu(とりあえず逃げよう)」という空気感だろう。これは単なる冗談でも一時的な流行でもなく、若者の間に広がる閉塞感の表現だ。低賃金、不安定雇用、経験不足による排除、長時間労働、そして将来の見えにくさ。こうした状況の中で、海外就労は単なる「出稼ぎ」ではなく、むしろ安定した雇用、技能習得、キャリア形成の機会として魅力を持つようになる。


実際、日本の特定技能制度などを通じた就労は、インドネシアの若者にとって「短期間で稼ぐ」だけではなく、「日本で働いた経験」を将来の資産にする手段として認識されつつある。製造業なら帰国後に日系工場や外資系企業への転職に有利かもしれない。介護や医療なら、日本やドイツで働いた経験そのものが専門性の証明になる。さらには、帰国後に起業するための資金と経験を得る場として海外就労を位置付ける若者もいる。


ここから見えてくるのは、インドネシアの若者が海外を目指すのは、単に「より高い賃金」を求めているからではなく、国内では得にくい秩序だったキャリア形成の機会を求めているということだ。裏を返せば、それは国内の労働市場が若者に十分な展望を与えられていないことの証左でもある。


したがって、「人口ボーナス期だからインドネシアは有望だ」という理解だけでは不十分である。むしろ問うべきなのは、若者が本当に働き、稼ぎ、消費できているのか、そしてその雇用が持続的で安定したものなのか、という点だ。人口が多いこと自体は市場の可能性を示すが、それが自動的に成長や消費拡大に結びつくわけではない。


日本企業にとっても、この現実は重要な意味を持つ。第一に、消費市場は「全国一律に拡大する若者市場」ではなく、都市部の中間層や一定の所得層に偏る可能性が高い。第二に、若年人口が豊富だからといって、即戦力人材が豊富とは限らない。第三に、若年失業や不安定雇用の蓄積は、社会不満や政治的不安定化の温床にもなりうる。


結局のところ、人口ボーナスは自動的に発生するものではない。雇用創出、産業高度化、教育と需要の接続、そして若者が将来を描ける労働市場の整備が伴って、初めてそれは「ボーナス」になる。そうでなければ、それは統計上の魅力に見えるだけで、実態としては将来の社会コストへと転化する。


インドネシアの若者が海外就労を目指す現象は、そのことを静かに、しかし明確に物語っている。「若い国」という耳触りのよい言葉だけでなく、若者が国内で本当に働き、稼ぎ、消費できているのか。進出判断も、マーケット評価も、そこから始めるべきだろう。(了)


参考:『よりどりインドネシア』第209号(2026年3月8日発行)所収、「インドネシアの若者はなぜ海外就労を目指すのか ~国内労働市場の構造的問題を考える~(松井和久)

bottom of page